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甲府地方裁判所 昭和39年(ワ)103号 判決 1966年7月19日

主文

被告渡辺英一より原告に対する甲府地方法務局所属公証人三浦節三作成昭和三八年六月二一日付賃貸借契約公正証書(昭和三八年第一、四六九号)に基づく強制執行は、これを許さない。

被告両名は連帯して原告に対し金一〇万円およびこれに対する昭和三九年六月一三日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告の被告両名に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用は全部被告らの連帯負担とする。

本件請求異議事件につき当裁判所が昭和三九年五月一八日なした強制執行停止決定はこれを認可する。

前項に限り仮に執行することを得る。

事実

原告訴訟代理人は、「主文第一、四項同旨、および被告両名は連帯して原告に対し金六九六、一五〇円およびこれに対する昭和三九年六月一三日から完済にいたるまで年五分の割合による金員の支払をせよ。」との判決および仮執行の宣言を求め、請求原因として次のとおり述べた。

(被告渡辺に対する請求異議の訴について)

一、被告渡辺英一は、原、被告渡辺間に主文第一項記載の公正証書(以下本件公正証書という。)の執行力ある正本を所持するとして右債務名義に基づき昭和三八年以降現在まで九回に亘り甲府地方裁判所所属執行吏をして強制執行をし、さらに昭和三九年五月六日原告の有体動産を差押え、その競売期日は同月一九日と指定されている。しかして、右公正証書によれば、被告渡辺から訴外協和食品株式会社が甲府市穴切町三五三番地所在家屋番号同町第三五三番の二、木造瓦葺二階建居宅一棟、建坪八二・二八一七平方メートル(二四坪八合六勺)、二階坪五九・九九九九平方メートル(一八坪一合五勺)(以下本件建物という。)を転借する旨の賃貸借契約に基づき賃借人たる同訴外会社の負担する昭和三八年六月一日から右賃借物返還にいたるまで、一カ月金二万円の割合による賃料および損害金の支払債務につき原告において、同被告に対して連帯保証する旨の意思表示があり、右保証の債務不履行のときは原告は直ちに強制執行を受けても異議のない旨の記載がある。

二、しかしながら、本件公正証書の記載中、前示原告に関する部分は次の理由により無効である。

(一)  原告は、被告渡辺に対し、本件公正証書記載のような連帯保証をなす旨の意思表示をなしたことはない。右公正証書には原告の署名押印があるが、右署名は公正証書作成の翌日被告三浦の公証人役場において内容を熟知しないでなしたものである。すなわち、原告は昭和三八年六月二一日訴外協和食品株式会社の代表取締役鈴木正五郎(以下単に鈴木という。)からその代理人として被告渡辺との間で前記物件につき賃貸借契約を締結するよう公正証書作成につき代理の委任を受けた。その直後被告渡辺からも公正証書の作成を急ぐよう求められたので、公正証書作成に必要な右鈴木の原告に対する代理権授与の委任状を得たうえで、同被告と共に公証人役場に出頭し、公証人に公正証書の作成方を依頼することとし、契約内容を明記した委任状の原案(以下委任状案という。甲第二号証参照)を作成して、これに右鈴木の押印を得て来てもらいたいと申しそえて同被告に手渡したところ、当日は何の連絡もなかつた。そして翌二二日右鈴木から委任状は公証人被告三浦に渡してあるから同被告の公証人役場に行つて公正証書を作成してもらいたいとの依頼があつたので、被告渡辺と共に被告三浦の公証人役場に赴いたところ、同被告は不在であり、その代理の事務員が原告に対し公正証書は既にできているから、署名押印するよう求めたので、その言を信じ且つ多忙であつた上、なによりも、委任状案は原告が書き、かつ被告三浦は、原告が朝鮮司法部在職中からの旧友で、公証人たる地位にあるので信用して、原告の委任状案どおりの公正証書が作成されたものと信じて、本件公正証書の内容他の箇所等をみないで、その末尾に原告の署名押印をなしたものである。しかし後日その記載をみると原告が右鈴木の代理人であることにとどまらず、同人の代表する訴外会社の賃貸借契約上の債務につき連帯保証をなす旨の記載があるのであつて、これは前述のとおり事実に反する内容虚偽の記載であつて原告に対し何ら効力を生じない。

(二)  仮に、本件公正証書が有効だとしてもその内容たる連帯保証債務は以下の理由によつて未だ債務不履行となるものでなく、右公正証書記載の条件は、いまだ成就していないから右公正証書は債務名義としての効力を生じない。すなわち、被告渡辺は訴外卓新来から前記物件は賃借する旨の契約を締結し、これを前記訴外会社に転貸する旨の契約をなしたものであるのに、右物件は右契約当初から今日まで卓新来が居住しその一部は同人が、代表取締役である訴外株式会社協和洋行の本社事務所として占有使用し、いまだ訴外協和食品株式会社に引渡したことがないから右会社の賃料債務等はいまだ債務不履行となるものではなく、原告の連帯保証債務も同様である。

三、よつて、原告は渡辺との間で本件公正証書に基づく強制執行は許さるべきでないから、その排除を求める。

(被告両名に対する損害賠償請求の訴について)

一、被告渡辺は、前記鈴木の委任状案を原告から受け取るや、同日鈴木と共に被告三浦の公証人役場に行き、同被告と共に右鈴木を誘惑して同公証人役場備え付けの委任状用紙の連帯保証人名下に原告の氏名を記入させたうえ、原告から前記協和食品株式会社の債務につき連帯保証の意思表示を受けたことがなく、原告がその意思もないことを知りながら、しかも原告が出頭していないにもかかわらず、被告三浦に対し原告が右鈴木の代理人兼訴外会社の連帯保証人として出頭し、被告渡辺との間で本件公正証書記載のような契約をなし、その旨公証人に陳述したかのごとき内容虚偽の公正証書を作成させたうえ、被告三浦から本件公正証書につき執行力ある正本の交付をうけ右債務名義に基づいて情を知らない執行吏をして昭和三八年八月以降現在まで一〇回にわたり原告の有体動産を差押え、うち九回の強制競売をなさしめ、よつて原告に対し後述のごとき損害を蒙らせた。

被告三浦は、昭和三八年六月二一日、被告渡辺と前記鈴木から原告作成の前記委任状案に基づいて公正証書を作成することの嘱託をうけたが右委任状案には執行認諾の条項がないことから、同人らに対し公証人役場備え付けの委任状に書き換えさせ連帯保証人欄に原告の名がその際新たに記載されたことを知りながら、しかも原告の嘱託陳述をうけずまた原告が連帯保証人であるか否かについて何ら確認もしないで原告を連帯保証人とする虚偽の本件公正証書を作成し、更に被告渡辺が原告に対し強制執行をすることを予見したうえで被告渡辺に右公正証書の執行力ある正本を付与し被告渡辺をして前記不当な執行をなさしめ、よつて次に述べるような損害を原告に蒙らせた。そして被告両名の右行為は故意又は過失に基づく共同不法行為であるから、被告両名は原告に対して連帯して原告の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。そして原告の蒙つた損害は次のとおりである。

(一)  原告所有の有体動産に対しなした不当な強制執行による財産上の損害は金一九六、一五〇円である。

(二)  右不当な執行自体により原告に与えた精神損害ならびに不当な執行によつて名誉を毀損したことによる精神的苦痛に対する慰藉料は合計金五〇万円が相当である。すなわち、原告は昭和三年東京帝国大学法学部卒業後直ちに朝鮮総督府司法官試補を拝命し続いて同判事として昭和二一年三月まで勤務し、釜山地方法院第一部長を最後として退官し同年五月甲府市において弁護士を開業し現在にいたつたもので、その間山梨県弁護士会常議員議長、同会長等の要職を勤め二年有余前から現在まで引続き山梨県地方労働委員会公益委員でありその財産は評価すれば約数百万円であるが、前記執行に際し差押はもちろんその競売期日は公示せられその回数は差押一〇回、競売九回に及び競売期日には法律事務所を兼ねる肩書原告方に数人の道具屋らしい競売人を来させ、これにより原告は測り知れない精神的苦痛を蒙り、更にその地位に伴う名誉を著しく毀損せられたので右苦痛に対する慰藉料は金五〇万円をもつて相当とする。

被告両名は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、各請求原因事実に対する答弁として次のとおり述べた。

(請求異議について)

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、同項二項(一)の事実のうち、原告がその主張のような経過で委任状案を作成してこれを被告渡辺に対して手渡し、原告主張の日同被告と共に被告三浦の公証人役場にいたりその事務員の求めに応じて本件公正証書に署名押印したことは認めるが、被告渡辺に対して連帯保証をしなかつたとの点は否認する。原告は昭和三八年六月二二日被告渡辺と共に被告三浦の公証人役場に出頭した際同人と面談し、同人が前日被告渡辺および前記鈴木の嘱託に基づいて作成した公正証書を閲覧し、被告渡辺に対し鈴木の代理人兼訴外会社の連帯保証人として公正証書記載のとおりの意思表示をしたものであることを承認のうえで、これに署名押印したものであつて本件公正証書は虚偽の事実が記載されているものではない。

三、同項二項(二)の事実のうち被告渡辺が鈴木に賃貸した本件建物は、被告渡辺が訴外卓新来から賃借したものであることは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

四、従つて原告主張の本件公正証書は無効ではないから、その債務名義の執行力の排除を求める原告の請求は失当である。

(損害賠償請求について)

一、被告渡辺の答弁

請求原因事実のうち、同被告が原告主張の日同人からその主張の委任状案を受領し前記鈴木と共に被告三浦の公証人役場に赴き、右鈴木をして原告主張の委任状を作成させたうえ被告三浦に依頼して原告主張のような記載の本件公正証書を作成してもらい同被告から執行力ある正本の交付をうけ原告主張のごとき差押および競売をなしたことは認めるが、被告渡辺が原告に対し、その主張の不法行為をなしたとの点は否認し、その余は不知。

二、被告三浦の答弁

請求原因事実のうち、被告三浦が原告主張の本件公正証書を作成し、被告渡辺のために原告主張の執行力ある正本を付与したこと、被告渡辺が原告に対しその主張のような強制執行をなしたこと、原告がその主張のような経歴の持主であることは認めるが、被告三浦が原告に対しその主張の不法行為をなしたとの点は否認し、その余は不知。被告三浦は法律に従い公正証書記載のとおり原告が連帯保証人であることを確認したうえ本件公正証書を作成し、執行力ある正本を付与したものであつて何ら責らるべき事実ない。

証拠(省略)

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